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2021年11月27日土曜日

シドニー・モーゲンベッサー語録・レストラン篇

 哲学者シドニー・モーゲンベッサーといえば,ジョン・オースティンの講演でこんな発言をした人物として知られているんじゃないかと思う:

オースティン「二重否定で肯定を表す言語はありますが,二重肯定で否定を表す言語はないのです」

モーゲンベッサー「はいはい」("yeah, yeah")

そのシドニー・モーゲンベッサーが死去したとき,各所でその逸話が語られていた.そのひとつ:

シドニー・モーゲンベッサーがレストランに来て,夕食を楽しんだ後,ウェイトレスにデザートは何があるかとたずねる.「アップルパイとブルーベリーパイがありますよ.」 「ではアップルパイをもらおう.」 そのあとすぐにウェイトレスが戻ってきて声をかける.「チェリーパイもありますが.」 そこで,シドニー・モーゲンベッサーは言う.「そういうことなら,ブルーベリーパイをもらおう.」 

“Sidney Morgenbesser walks into a restaurant, has dinner, and then asks the waitress what they have for dessert. She says apple pie and blueberry pie. Sidney Morgenbesser says he’ll have the apple pie. She comes back in a moment and says that they also have cherry pie. So Sidney Morgenbesser says “In that case, I’ll have the blueberry pie.”

出典は Crooked Timber のコメント欄で,ほんとうにそんなことがあったのか定かではない.野球コーチのヨギ・ベラ語録みたいなネタなんだと思う (via Language Log).

スティーブン・ピンカーが新著 Rationality で,合理的選択の公理のひとつ「独立性(無関係な選択肢からの独立)」を解説する際にこのネタを引用している.


 

2021年8月14日土曜日

「YouTube のおすすめはユーザーの急進化に寄与しているか?」

――という問いを検討した論文が出ている:

著者たちの答えは「ノー」だ. アブストラクトは下記のとおり:

Although it is under-studied relative to other social media platforms, YouTube is arguably the largest and most engaging online media consumption platform in the world. Recently, YouTube’s scale has fueled concerns that YouTube users are being radicalized via a combination of biased recommendations and ostensibly apolitical “anti-woke” channels, both of which have been claimed to direct attention to radical political content. Here we test this hypothesis using a representative panel of more than 300,000 Americans and their individual-level browsing behavior, on and off YouTube, from January 2016 through December 2019. Using a labeled set of political news channels, we find that news consumption on YouTube is dominated by mainstream and largely centrist sources. Consumers of far-right content, while more engaged than average, represent a small and stable percentage of news consumers. However, consumption of “anti-woke” content, defined in terms of its opposition to progressive intellectual and political agendas, grew steadily in popularity and is correlated with consumption of far-right content off-platform. We find no evidence that engagement with far-right content is caused by YouTube recommendations systematically, nor do we find clear evidence that anti-woke channels serve as a gateway to the far right. Rather, consumption of political content on YouTube appears to reflect individual preferences that extend across the web as a whole.

他の各種ソーシャルメディア・プラットフォームに比べて研究が不足しているものの,YouTube は世界最大のオンライン・メディア消費プラットフォームでありもっとも人々の興味を集めているといっていいだろう.近年,YouTube の規模が大きくなるとともに,YouTube ユーザーが急進化しつつあるのではないかとの懸念が強まっている.ユーザーを急進化させると目されているのは,バイアスのかかったオススメやこれ見よがしに没政治的な「反・覚醒」(anti-woke) 系チャンネルだ.いずれも,急進的な政治コンテンツにユーザーの注目を誘導していると主張されている.本稿では,この仮説を検証する.検証に当たって用いるのは,30万人以上のアメリカ人のと彼ら個々人レベルでの YouTube 内外の閲覧行動の代表的パネルだ.2016年1月から2019年12月までのデータを用いる.政治系ニュース・チャンネルそれぞれにラベルをつけたセットを用いて検討すると,YouTube でのニュース消費は主流のおおよそ中道的なソースが大勢を占めているのがわかる.極右コンテンツの消費者たちは,平均よりも熱意・関心が高いものの,ニュース消費者の一握りを占めるにとどまり,増加もしていない.他方で,進歩的知性・政治目標への対立で定義される「反・覚醒」系コンテンツの消費は人気が安定して伸びており,プラットフォーム外での〔YouTube以外での〕極右コンテンツ消費と相関を示している.YouTube のおすすめによって極右コンテンツへの関心が系統的に引き起こされているという証拠は見出されない.また,反・覚醒系チャンネルが極右への入り口として機能しているという明白な証拠も見出されない.むしろ,YouTube での政治コンテンツの消費は,ウェブ全体にまたがる個々人の選好を反映しているように見受けられる.


2021年4月22日木曜日

クルーグマン「粘着的な物価指数に注目しよう」(2021年4月16日)

 大型の支援策とインフラ投資案が実施されるアメリカでは,インフレ率がどうなるか論議されている(少なくともマクロ経済学界隈では).

支援策・インフラ投資をおおむね支持してるクルーグマンの考えでは,変動の大きい食品・エネルギーを除外したコア消費者物価指数に注目するのが大事なのは相変わらずだけれど,賃金みたいな価格が粘着的なものに注目するのがいっそう重要になるんだという.

全般的に消費が落ち込むふつうの景気後退とちがって,パンデミックでの景気後退では分野によってはげしく落ち込んだり逆に景況がよくなったりする.同様に,パンデミックからの景気回復も分野によるちがいが大きくなりそうだ.すると,とくに値上がりが著しい分野を見て「ほら見ろ,インフレがガンガン進んで来ちゃったじゃないか」とマクロ経済政策の引き締めを訴える声が出てくる.金融危機からの「大不況」でも,そういう声があった.そして…FRB は「そうはならない」と金融政策を維持したし,現に一部で言われたようなそんな激しいインフレにはならなかった.で,今回の景気回復でとりわけ注目すべきなのは,年に1回くらいしか企業が改定しない価格なんだとクルーグマンは言う.

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2021年3月22日月曜日

「インフレパニック」についてのクルーグマンの連続ツイート

 各ツイートの原文と日本語訳を対訳で並べておこう.


Now that the big Biden package has been enacted, we're hearing warnings from some economists — well, one economist — about stagflation. As always, history is extremely useful in thinking about such things; and I've been reviewing the great inflation panic of 2010-11 1/ [LINK]

バイデンの大パッケージが可決されて,スタグフレーションを警告する声が一部の経済学者から――というか1名から――上がってきてる.例によって,この手のことについて考えるときには歴史がとてつもなく役立つ.さて,2010年~11年の大インフレパニックを振り返ってるんだけど.


※ここで言ってる「1名」とは,おそらくローレンス・サマーズのこと:参照


My sense is that this episode has been widely forgotten, but it's very relevant. Here's what happened: as the economy began to recover from the 2007-9 recession, headline inflation picked up to almost 4% 2/  [LINK]

ぼくの感覚を言うと,このエピソードは広く忘れ去られてる.でも,これはいますごく意義がある.どうなったかっていうと:2007~9年の景気後退から経済が回復しはじめると,総合インフレ率は 4% 近くまで勢いよく上がった.


Producer prices — basically wholesale prices — were rising at a double-digit clip 3/  [LINK]

生産者物価は――ようは卸売価格は――2桁の伸びをみせていた.

 



And commodity prices were rising at an annual rate of almost 40% 4/  [LINK]

さらに,商品価格は年率にして 40% 近くで上昇してた.


Republicans like Paul Ryan raked Ben Bernanke over the coals, intoning about the dangers of a debased dollar 5/  [LINK]

ポール・ライアンみたいな共和党議員たちは,いかにも厳粛そうにドルの信認毀損の恐れを述べながらベン・バーナンキ〔当時の連銀議長〕を厳しく叱責してた


But the Fed argued that this was a blip, driven by temporary factors, and refused to tighten policy. This was the right call — in contrast to the ECB, which gave in to inflation panic 6/  [LINK]

でも,これは一時的な要因によるいっときだけの急騰だと連銀は主張して,政策の引き締めを拒否した.これは正しい判断だった――対照的だったのが欧州中央銀行で,インフレパニックに屈してしまった


It's easy to see how we could have an inflation blip in the months ahead, including for some unusual reasons: the lingering effects of the pandemic have disrupted supply chains 7/  [ベビーg]

異例な理由によるものも含めて,これから数ヶ月でどうやってインフレ率がいっとき急上昇しうるかは,わかりやすい:パンデミックの影響が尾を引いてサプライチェーンに混乱が起きてる


But you don't get stagflation unless price-setters who *don't* change prices very often — including employers setting annual salaries — begin building expectations of inflation into their pricing 8/  [PD スーツ 40]

でも,スタグフレーションが起きるのは,そうしょっちゅう価格を *変えない* 価格設定者たちが――年間給与を設定する雇用主たちも含めて――インフレ予想を自分たちの価格設定に組み入れ始めたときにかぎられる.


A one-time price blip as the economy booms and supply chains struggle to keep up won't do it.  9/  [LINK]

景気がよくなるなかでサプライチェーンがそれに追いつくのに苦労しているときに,いっときだけ物価急騰が起きても,スタグフレーションは起こらない.








2021年3月20日土曜日

クルーグマン「ワクチン:実にヨーロッパらしい災厄」(2021年3月18日)

EUでのワクチン接種が他の先進国に比べて大きく遅れている事情をクルーグマンがコラムで取り上げている.(『経済学101』に訳したアレックス・タバロックの記事も同様の点をいくぶん詳しく批判している.)

以下,ちょっと面白かったポイントの抜粋:

Reading the tale of Europe’s sluggish vaccine efforts, I was reminded of H.L. Mencken’s definition of Puritanism as “the haunting fear that someone, somewhere, may be happy.” Eurocrats seem similarly haunted by the fear that someone, somewhere — whether it be pharmaceutical companies or Greek public-sector employees — might be getting away with something.

During the euro crisis this attitude led to the imposition of harsh, destructive austerity policies on debtor nations, lest they somehow fail to pay a sufficient price for past fiscal irresponsibility. This time it meant focusing on driving a hard bargain with drug companies, even at the cost of a possibly deadly delay, lest there be any hint of profiteering.

ヨーロッパでワクチン接種が遅れている話を読んでいて,かつて H.L.メンケンがピューリタニズムをこう定義していたのを思い出した――「どこかで誰かがしあわせになるかもしれないという執拗な恐れ.」 EUの官僚たちは,同じように恐れにとりつかれているように思える.どこかで誰かが――製薬企業であれ,ギリシャの公共部門の被雇用者であれ――まんまと逃げおおせるかもしれない,という恐れに.

ユーロ危機のときには,この態度から発して,「過去の無責任財政に十分な対価を支払わずに逃げおおせたりしないように」と,手厳しく破壊的な緊縮政策が債務国に強制されるにいたった.今回は,この態度をとることで,不当に利益を得る気配をわずかであっても許さないようにと,人命を犠牲にする可能性があってもワクチン接種を遅らせるコストを払ってまで製薬企業を相手に強硬な交渉をすすめるのにこだわってしまっている.

さらに他の問題点として,次の2点を挙げている:

(1) 欧州共通政策を追求しなくてはいけないこと.合意形成をするあいだにワクチン契約に待ったがかかってしまう.

(2) 反科学感情が思いのほか広がりをもっている(とくにフランス).アメリカでは,反科学は宗教右派が最大勢力だけれど,欧州ではそれとちがった広がりを見せている.

Vox動画「各社のCOVID-19ワクチンを比較できない理由」

 ニュースサイト Vox の動画 "Why you can't compare Covid-19 vaccines": 


動画解説の主なポイント:

(1) 各ワクチンの有効率 (efficacy rates) はさまざまに異なるけれど,それぞれ検証された状況が異なっているので,数字の高低だけをみて優劣を言えない.

(2) ワクチン接種の重要な目的は,死亡や入院にいたるほどの症状にいたるのを防ぐこと.この点では,現時点で出ている各社のワクチンはひとしく役目を果たせる.




2021年3月19日金曜日

デロング「ネオリベラルの時代は終わった」

バイデン政権による 1.9兆ドルの支援策の是非をめぐるローレンス・サマーズとポール・クルーグマンの論争について書かれた New Yorker の記事:


“It seems plausible,” Brad DeLong, an economic historian at Berkeley and a Clinton Treasury official, said, that “the neoliberal era is over.”

「おそらくはこう考えて大過ないだろう」――バークレー校の経済史家でクリントン政権の財務省副次官補をつとめたブラッド・デロングは言う.「ネオリベラルの時代は終わったのだと.」 


If the politics of fiscal stimulus have changed, that’s partly because the views of economists have changed—there is a pattern within the pattern. The narrow universe of left-of-center economic policymakers worries less about deficits than it did a decade ago, and the general consensus that the 2009 stimulus was too small has made those policymakers more comfortable with aggressive fiscal interventions in emergencies. DeLong, of Berkeley and the Clinton Administration, guessed that about half of the leftward turn within this universe was owing to these factors. “There is not nearly so much trust in the ability of the market to heal itself,” he said. The other half, he said, was the part that tended to isolate Summers. DeLong ascribed it to politics, and to the general feeling (“in my view, twenty-seven years too late”) that Republicans would never be willing partners for expansive economic intervention. There was little disagreement among liberal economists, he emphasized, over how the Biden Administration ought to spend the money in an ideal world: “Most of us would say infrastructure rather than checks—if we had that option. Only Larry believes we have that option.” DeLong’s own view is that if the Biden Administration had pared back the stimulus in the hopes of building a bipartisan consensus for infrastructure, it would find that no such consensus existed. “In the absence of Republican negotiating partners, center-left Democrats have got to look to the left,” DeLong said. “This is an example of that actually happening.”

財政刺激をめぐる政治情勢が変わったとしたら,その理由の一端は,経済学者たちの見解が変わったことにある――パターンのなかのパターンがあるわけだ.中道左派の経済政策担当者たちの狭い世界では,10年前にくらべて財政赤字に関する懸念は弱くなっている.そして,だいたいの共通見解として,2009年の刺激策はあまりに小さすぎたと考えられている.そのため,こうした政策担当者たちのあいだでは,緊急事態に際して積極的な財政介入をとることが恐れられていない.バークレー校の経済学者でクリントン政権にも関与していたデロングの推測では,この〔中道左派政策担当者たちの界隈でおきた〕左旋回のおよそ半分は,こうした要因によるものだという.デロングが言うには,「市場がおのずと回復してくれることへの信頼は昔ほどではなくなっている.」 そして,残り半分は,〔ローレンス・〕サマーズを孤立させがちな部分だという.デロングはこれを政治情勢と「共和党は拡張的経済介入についてけっして前向きなパートナーにはなろうとしない」という世間の感覚によるものだと考えている(「私の考えでは,27年遅きに失したね」).リベラル系経済学者たちのあいだでは,バイデン政権が理想的な世界でお金をどう使うべきかについて,ほぼ見解の相違がなかった点をデロングは強調する:「私たちの大半は,小切手を渡すよりも〔国民にもれなく給付金を振り込むよりも〕,インフラ投資すべきだと言うだろうね――かりにその選択肢があったとしたら.そして,そんな選択肢が現実にあると思っているのは,ラリーただひとりなんだよ.」 デロング本人の見解では,かりにバイデン政権がインフラをめぐって超党派の合意を形成できるのを期待して刺激策の規模を小さくする譲歩に出ていたら,そんな合意なんて存在しないのを見出していただろう,と考えている.「共和党に交渉パートナーがいない状況では,中道左派の民主党議員たちは左派に目を向けるしかない」とデロングは言う.「これが,実際に起きたことの一例だ.」